親父の独り言

余命宣告を受けて・・・

2026.09.23

親父の日常

9月21日、学生時代の友人のお見舞いに行ってきました。

私は学生時代、大阪芸術大学で  ぬるま湯に浸かったような学生生活を過ごしていました。

1回生の頃は頑張って通学していたのですが京都府八幡市の自宅から大阪府河南町にある学校まで通うのが面倒くさくなり、2回生~卒業までは  友人達が溜まっている (湧いている?) 道明寺のジャンボハイツに居候したり、学校近くの寮に入ったり、大学最寄り駅  喜志のアパートで友人と2人暮らしをしたり・・・

そうこうしながら  逆に実家に2泊3日ペースで戻って、ひたすらペンキ塗りの仕事をして、その時のアルバイト料と米と酒を土産に友達の溜り場に戻ってドンチャン騒ぎをするという、未成熟な学生時代の貴重なひと時を過ごしました。

45年以上経った今も忘れる事のない、取り留めもないドラマのようなひと時でした。

 

タイトルに挙げた友人は「ツダ」

そんな学生時代の十数人の中の一人で、学科は違うけれど友達の友達として一緒に騒いだ仲間です。

当時ツダは実家の岸和田から八幡の京大塗装にペンキ塗りのアルバイトに来たこともありました。

女子を紹介くれた事があるらしいのですが、正直あまり覚えていません・・・?

 

かつて同居生活をしていた「オサム」からの連絡で「ツダ」がステージ4の胃がんで余命3か月とのこと。

そこでオサムが音頭を取り、当時のバンド仲間の「マツヅカ」と「コサカ」(私はバンドメンバー外ですが) の4人で、ツダと会うのはこれが最後だろうという思いで、なんて話せばよいのか、みんな不安な思いで堺市にある某病院の緩和ケア病棟を訪れました。

ツダからは「下品なサイトーは出禁や」と辛口の冗談を発せられながらも恐る恐る入室したら、

これまた元気で・・・

寝間着で落ち込んでいるどころか、デニムにウエスタンベルト、Tシャツ姿で 今にも外出しそうな勢いで、早口で一番元気よくしゃべっていました。

ベッドの壁を見るとそれまでに訪れた沢山のツダの音楽仲間と映っている写真がいっぱい貼ってあり、余命宣告されてからどう過ごすのかは本人のモチベーション次第なんやと思い知らされました。

左から オサム、ツダ、マツヅカ、サイトー

 

30分程のつもりが2時間近くも滞在し、帰り際には「俺自身を送る葬送ライブの企画を水面下でやろか!」てな事も・・・

ガンがほかの臓器に転移してもはや治療ではなく、緩和ケアにて過ごす日々らしいです。

ちょっと前までは動けんほどしんどかったけど今は鎮痛薬のお陰で治まっているらしく、食事制限も行動制限もないらしいです。

余命3ヶ月と宣告されても、1か月でも、半年でも、1年でも長く延命してほしいです。

 

限られた時間をどう過ごすのか、体調次第ではほんまにライブやらかすかも知れん。

このオッサンは・・・😭

 

 

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